「絶対に、あの学校へ行きたい!」
あんなに力強く言っていたのに。
今日も、なかなか勉強を始めない。
宿題を前にして、だらだらしている。
「自分で行きたいって言ったやん」
「あの熱意は何だったん?」
親がそう言いたくなる気持ちは分かります。
でも、私はここを分けて考えたいのです。
その学校へ行きたいという熱意と、毎日の勉強をするやる気は、別物です。
「行きたい」が嘘だったとは限りません。
あのときの熱意を使って、今日の宿題まで動かそうとすると、話がおかしくなるのです。
親だって「今年こそ!」と言いませんか?
年の初めに、
「今年こそ、英語をマスターする!」
と決意したことはありませんか。
教材を買う。
アプリを入れる。
毎日勉強して、海外旅行で自由に話している自分を想像する。
なかなか、テンションが上がります。
では、その勉強。
どれくらい続きましたか。
……ちょっと、答えにくい質問でしたね(笑)。
始めたときの熱意は、本物だったと思います。
英語を話せるようになりたい。
そこに嘘はなかった。
でも、仕事で疲れて帰った日の夜にも、
「よっしゃ! 今日も単語を覚えるで!」
となるかどうかは、別の話です。
英語を話せる自分にはなりたい。
でも、今日の単語練習は面倒くさい。
大人でも、この二つは同居するのです。
子どもだけ、
「行きたいと言った以上、毎日意欲的に勉強するはずだ」
と考えるのは、ちょっと厳しくないでしょうか。
「あの学校へ行きたい」と「今日も計算したい」は違います
憧れの学校へ行った。
楽しそうな先輩を見た。
入りたいクラブがあった。
「ここへ通いたい!」
と思った。
その気持ちと、家に帰って計算問題を解く気持ちは、同じではありません。
学校生活を想像するのは楽しい。
でも、間違えた問題をもう一度解くのは面倒くさい。
志望校には行きたい。
でも、今日は少し遊びたい。
私は、そんなに不思議なことだとは思いません。
親も、
「英語が話せるようになりたい。でも、今日はドラマを見たい」
となるでしょう。
そら、子どももそうなりますわ。
「あの熱意は何だったの?」と取り調べなくていい
勉強しない子どもを見るたびに、
「本当に行きたいの?」
「口だけじゃないの?」
「そんな程度の気持ちだったの?」
と問い直す。
私は、これはあまり意味がないと思います。
今日の勉強が進まないことから、志望校への気持ちまでさかのぼって疑っているからです。
子どもが、
「本当に行きたいってば!」
と答えても、今日の宿題が簡単になるわけではありません。
もう一度、熱い決意表明をさせたところで、明日の計算練習まで自動的に続くわけでもない。
必要なのは、熱意の再確認ではなく、毎日の学習が続く形を考えることです。
「本当に行きたいの?」
ではなく、
「今日は、どこから始めようか」
へ、話を戻せばいいのです。
親の仕事は、熱意を当てにして放っておくことではありません
子どもが強く志望校を希望した。
だから、
「そこまで言うなら、自分で頑張りなさい」
と任せる。
それで続けばよいのですが、続かないこともあります。
そのとき、
「あんなに行きたいと言ったのに。もう知らん」
と呆れてほったらかしにする。
私は、それが親の仕事だとは思いません。
目標が決まったら、今度は日々の行動をどう続けるかを考える。
そこを支えるのが、親の仕事だと思います。
ただし、毎日親が横について、勉強させ続けるという意味ではありません。
親が毎晩、応援団長をする必要もないのです。
「頑張れ! 志望校を思い出せ!」
と盛り上げ続けるのは、親もしんどい。
親の熱量まで、先に電池切れになります。
毎日続けるために、何を決めておけばいい?
例えば、机に座ってから、
「今日は何をしよう」
と考える子なら、最初にすることを決めておく。
計算を三問。
漢字を三つ。
まずは、そこから始める。
宿題の量を見ただけで嫌になるなら、今日取り組む範囲と、終わりを決める。
難しい問題で止まったままになるなら、
「ここで止まったら印をつけて、先生に聞こう」
と、次の動きを決めておく。
こうしたことは、志望校への熱意とは別に考えられます。
見たいのは、
「この子には、どれくらいやる気があるか」
ではありません。
どこで始められなくなり、どこで止まっているのか。
そこが分かれば、手の打ちようがあります。
もちろん、疲れ切っている日にまで、続け方を工夫して押し切る必要はありません。
そんな日は、量を減らすか、休むかを考える。
毎日続けるための支えには、負担を調整することも含まれます。
自分で選んだ責任と、毎日やる気があることは別です
私は、志望校選びでは、子ども自身の決断を大切にしたいと思っています。
でも、
「あなたが選んだ学校だから」
という言葉を、毎日の勉強を取り締まるために使いたいわけではありません。
自分で選ぶ責任とは、一度も面倒くさがらないことではないでしょう。
面倒くさい日があっても、うまく進まない日があっても、
「じゃあ、どうしようか」
と考えて、また取り組むことです。
子ども一人では、その方法が分からないこともある。
だから親が、続けられる形を一緒に考えるのです。
あの熱意は本物。毎日の勉強は、別に支えよう
「行きたいと言ったのに、勉強しない」
そう思ったら、親自身の「今年こそ!」を思い出してみてください。
あのときの決意は、本物だった。
でも、続けるには別の工夫が必要だった。
子どもも、同じではないでしょうか。
志望校への熱意は、大切にすればいい。
ただ、それを毎日の燃料として当てにしすぎない。
親の仕事は、熱意が本物だったかを取り調べることではなく、地道な学習が続くように支えること。
「あの学校へ行きたい」は、ちゃんと聞きました。
では、今日の計算三問。
どこから始めましょうか。
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この記事を書いた人|ミスター・ツカム
中学受験指導歴20年以上。個別指導塾で、延べ3,000人以上の子どものノートを見てきました。子どもの「やる気」や根性だけに頼らない学習の仕組みを考えています。
